あ を に よし 百人一首
奈良につく枕詞「あおによし」の意味について、都が花が咲くように真っ盛りであるという説、立ち並ぶ寺院の青や朱に美しく塗られているさまを讃えたとする説、奈良が顔料の青丹の有名な算出地であることからつけられるようになったという説
大宰少貳小野老朝臣歌一首. 漢字本文. 青丹吉寧樂乃京師者咲花乃薫如今盛有. 読み下し文 (題詞) 大宰少弐小野老朝臣の歌一首. 読み下し文. あをによし奈良の都は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり. 訓み. あをによしならのみやこはさくはなのにほふがご
11世紀前半ごろの人。 伊勢神宮の神官の娘で、中宮彰子(ちゅうぐうしょうし)に仕えて紫式部や和泉式部らと親交があった。 後に筑前守高階成順(ちくぜんのかみたかしなのなりのぶ)の妻となる。 家集に「伊勢大輔集」がある。 備考 この歌は「詞歌集」によると、奈良から宮中に献上された八重桜について、作者が一条天皇の命により御前で詠んだとされている。 「八重」と「九重」との対照で、数の多い分奈良よりも京都でさらに美しく咲きほこるさまを強調している。 「いにしへ」と「けふ」の対比によって、かつて栄えた奈良の都への憧れと今の平安の繁栄を謳歌する技巧のすばらしさを評価されたという。 「けふ」は「今日・京」、「九重」は「宮中・ここの辺」の意の掛詞。 ツイート シェア 詩吟の世界へようこそ。
優れた歌を百首集めた『小倉百人一首』は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した公家・歌人の藤原定家(1162-1241)が選んだ私撰和歌集である。藤原定家も藤和俊成の『幽玄(ゆうげん)』の境地を更に突き詰めた『有心(うしん)』を和歌に取り入れた傑出した歌人である。
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