五 時 八 教
五時八教 ごじはっきょう/五時八教 中国の天台 智顗 による 教相判釈 の総称。 「五時」とは、羅什門下の 慧観 によって創唱された説時による経典分類を踏襲発展させた、華厳時・鹿苑時・ 方等 時・ 般若 時・法華 涅槃 時の 五時教 判を指す。 「八教」とは、「化法四教」と、「化儀四教」とを合して併称したもの。 このうち「化法四教」は 釈尊 の教説の内容を浅いものから深いものに蔵教・通教・別教・ 円教 の四教に分けたもの、また「化儀四教」は 教化 の対象となる 衆生 の 機根 の洞察に基づいた仏による 教化 の在り方を頓・漸・不定・ 秘密 の四教に分けたもので、いずれも前代までに南朝と北朝で行われたさまざまな 教判 (これを南三北七と総称する)を批判的に拡充発展させたものである。
天台 五時八教の教判、あるいは五時八教説(ごじはっきょうせつ)とは、 天台 智顗 (ちぎ、 538年 - 597年 )が、『 一切経 』を 五時八教 に分けたものである。 日本天台宗の 最澄 もこれを輸入し、 延暦寺 の中心思想となった。 五時 最初に『 華厳経 』を説き、その教えが難しいため人々が理解できなかったとして、次に平易な『 阿含経 』を説いたとする。 人々の理解の割合に応じて、『 方等経 』、『 般若経 』を説き、最後の8年間で『法華経』と『 涅槃経 』を説いたとする。
五時即是華嚴時、阿含時、方等時、般若時、法華涅槃時;八教則分為化法四教與化儀四教。 五時是將佛說法按時間上劃分,八教則是從說法的內容與方式上區別。 佛教在兩漢之際傳入中國,大小乘經典相繼被譯成漢文,面對數量龐大,內容不一的經典,中國人通過自己的智慧,將之有系統的整理、判釋,這被稱之為判教,五時八教即是判教的一種。 說到判教,天台不是最早的,早在智者大師之前,就有劉宋時代道場寺高僧慧觀法師根據《大般涅槃經》的牛乳五味以及受南北朝當時流行的頓、漸思想之爭的啟發,創立「二教五時」說,這應該是我國南北朝時最早展開判教的先驅。 他將一切經典分為「頓教」、「漸教」兩大類,由「漸教」中又分出五時,以此表示佛陀循序漸進的說法。
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