西山 翠 嶂
石井林響と西山翠嶂―秋野不矩を育てた師―, 浜松市秋野不矩美術館, 静岡県(日本), 2016/10/08 - 2016/11/13 「西山翠嶂」の作品一覧 作家名
西山 翠嶂の作品詳細||日本芸術院 ホーム 作品詳細 作品詳細 ※画像の無断転載を禁じます。 日本芸術院は,美術,文芸,音楽,演劇等,芸術各分野の優れた芸術家を優遇顕彰するために設けられた国の栄誉機関です。
西山翠嶂 は師・ 竹内栖鳳 とともに 大正 から昭和にかけての 京都 画壇を中心となって主導してきた画家である。 江戸 時代に始まる円山四条派の写実絵画の伝統に基づきながら、軽妙で洗練された画風を持ち、初期の歴史画から人物、山水画へと移行、晩年は花鳥画の秀作を多く残している。
Kinshojo 1921 color on silk/hanging scroll 221.5×84.5 J00199 The National Museum of Modern Art, Kyoto 作品画像 画像をクリックすると、拡大して表示されます. 展覧会歴 「西山翠嶂」の作品一覧
日本芸術院会員、京都美術大学名誉教授 西山翠嶂 は、3月30日心筋梗塞のため京都市東山区の自宅で逝去した。 享年78歳。 本名卯三郎。 明治12年4月2日京都に生れた。 若くして 竹内栖鳳 の門に入り、また京都市立美術工芸学校に日本画を修めた。 明治30年代からすでに京都の諸展覧会で受賞をつづけたが、その名を広く認められたのは文展以後である。 明治40年第1回文展に「広寒宮」を出品して3等賞を受けたのをはじめ、その後つづいて受賞或いは特選となつた。 文展時代の作品には「採桑」「未★の女」「落梅」などがある。 大正8年帝展の開設とともに審査員に選ばれ、昭和4年帝国美術院会員に推された。 帝展時代の主なものには「春霞」「木槿」「乍晴乍陰」「くらべ馬」「牛買ひ」などがある。
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